正義と悪と。(種D18話感想のつけたし)

小さい頃よく見たヒーロー物の番組で、敵の悪役のボスみたいなのが、

「俺たちは悪の帝国をつくるのだ!!ハッハッハッハァ!!!」

みたいなことを言う場面が出てきてました。(「」の中の台詞には言及しないように。)

でも、これ今考えると、
「自分たちを『悪』と思っていて、こんなモチベーション上がるかねぇ???」
です(笑)。
でもいいんですよね、子供向け番組はこれで。わかりやすい。

ただ、現実がやっかいなのは互いに正義を主張し合って敵対して紛争やら何やらしていることで、それに納得できる判決を下すのは果たしてできるのかどうか?ということです。現在は正直、「勝てば官軍」状態だと思いますので。
それに、正義を主張する場合、正義の根拠は敵の非道さを挙げて、それを倒すことにあったり、自分の信じる絶対的価値を認めない相手に対して、「この価値を認めていないから非道」だったりするのではないかと思います。

正義はこんなにも人を駆り立てる。そう考えるとやっぱり「戦わないことが正義」って難しいんだろうなあ。
それに「喧嘩両成敗」ってある意味すごく筋の通った話だと思うのです。「喧嘩」したんだから仕掛けた受けたにかかわらず「両方ともなんらかの咎めを受けるよ!」ってなかなかそうなるものではありません。どちらかは(もしくは両方が)「んな横暴な!」って思いますよね。個人対個人の関係でも、子供同士の喧嘩なら、彼らの信頼する大人が「両成敗!」となれば納得することもありますが、大人はなかなかありません。両成敗!で双方納得、となるのはかなり難しいのではないかと。尾をひいたりしますし。

アスランが前作で知ったのは「敵も人間」ということで、自分が倒すべき「モノ」は人格のある一人の人間でもあることを、幼馴染の「キラ」とのやりとりを通して知ったのではないかと思うのです。アスランはキラの良いところも悪いところも知っていて、その上で友人としてずっと一緒にいて、その人と殺し合いをしてしまった。相手を「ひとりの人間」として認識してしまったら、殺すことはかなり困難になるのではないかなと。キラを殺したと思い込んで苦しむアスランは、SEEDの中でも記憶に残っています。
自分の力が誰かを泣かせるものとなる、というのは、「敵も人間である」ということを痛い思いをして知りえたアスランだから言えることだと思うのですが、シンはそれに気がついたらどうするんでしょう、本当に。

自分の倒す相手を「ひとりの人間」と認めてしまったならば、普通の状態ではまともに戦闘なんてできないと思います。戦争というのは、ひとがひとで無くなるものなんだなと種Dを見ていて考えました。シンにとって、敵は敵でしかありえません。

それと、シンは、人よりゆっくり成長する子なんだと思います。大器晩成型。戦闘能力こそ抜きん出ていますが、アスランとのやりとりで精神面を安定させていってほしいなあ。
子供なシンがかわいいな、かわいいなぁと18話で思ってしまった身には多少さみしいものもあるでしょうが。
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by kanade_s | 2005-02-21 17:14 | デステニ感想

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